副腎疾患
2024年1月10日に乳腺の腫れを確認してから、他の症状が悪化しだしたのは2024年7月ごろ。プードル🐩のヘアカットデザインのような尻尾になり始めました。お尻から尻尾にかけて発毛異常が起こり始め、年2回の換毛期に今年は生えそろいませんでした。2024年8月20日ごろからは首元から胸にかけても同様の発毛異常です。夏毛にうまく生え変わることなく、秋突入です。後足虚脱がみられ、立派な髭が抜け落ち、物の角に頭をぶつける姿を目にします。9月に入ってからはトイレの猛ダッシュがみられなくなりました。千鳥足気味によろよろとしながら、特定であったトイレの場所も希望のおやつが欠品中などの不満をぶつけるかのように転々としました。体調がすぐれないか、悪戯か、今年に入ってから初めてのことでよほどのことなのだと感じます。最近は痒みがあるようなしぐさが多くなり、痒みのある場所に後足が届かないしぐさを見かけます。小さく生えそろった前歯で毛の生えそろわない地肌をかみかみする身繕いが原因で、赤みが皮膚に見られる部分が何か所かできてしまいました。9月は自分で身繕いができなくなってきているため、入浴を2回です。時々寝起きや食事の後の顔立ちや全体の毛並みが悪くなり、黄色っぽい印象の疲労感が体毛や顔色に現れます。食事の後は腸内活動が原因でぐったりしますし、水を摂取するので、目の周りから涙がでてしまい、目の下の毛並みが涙で濡れてしまって、くまのように見えます。食欲は落ちておらず、一皿残さずに食べきりができておりトイレも問題がありません。それでも腫瘍が大きくなって、副腎疾患の進行はBismarckよりも早く、個体差を感じます。Bismarckは6歳3カ月になって頭頂部に発毛異常が見られ、徐々に進行し6歳11カ月で亡くなりました。Ariadneのお尻と尾の付け根に発毛異常が見られたのは、5歳2カ月位です。このとき環境変化で大きなストレスをかけてしまったことが原因かもしれません。溜息や前足で箱やキャリーケースを軽くひっかくしぐさが多くなりました。私の環境があまりよくなく、一緒にいるAriadneがBismarckと比べて違った環境であるということも起因しています。よい環境でありたいものの、すべての環境を改善することができないということが年齢的限界なのだろうと思います。周囲が鬱陶しく、人間が嫌いです。直接皮膚を触られることがなくても不快感や嫌悪感を持続的に与えられ続けるのは耐え難いものです。こうした皮膚間間隔の嫌悪感がAriadneの体調や私の老化へ影響を与えることは大いにあるだろうと感じています。体調変化や周囲の環境変化が著しいことは、殊に日本においては出産可能性あたりが起因している環境変化なのだろうと思います。発話される言語の相違、職業的差別や偏見、ある種の生きづらさをひしひしと感じます。調度、私くらいの年齢で会社で不満の声をあげて失笑を買っている方がいたことを思い出します。「皆さんは私(自称は記憶していません)の価値をわかっていない」といった内容のことを訴えていました。自分はもっと大切にされるべき存在であるということなのだろうということはよくわかりましたが、会社というのはただ出社するだけの期間などがあったり、継続的に役不足の状態が続くことがあります。会社は組織なのでよく起こりえますが、そうしたことに一喜一憂するような年齢ではありません。なので、バランスを考えながら、自己との折り合いをつける技術が必要です。くだらない周囲の批評や期待と名の付く金銭的要求にどうやって対応すべきかを(断ること、拒否することを徹底していくことが重要なのだと理解できました。)自身で決めていかなければなりません。悪意に対応することや甚だしい要求や強要を強いられることは多発します。個々人の基本的人権は多くの犠牲の上に成り立ち、一人の要求だけをのまざるを得ない状況は何としてもさけようとするので、日本全体としては失速していくのだろうということが実感です。アジアの小さな国で小さな幸せを求めて、最低限マイフェアレディのイライザが求めるような暖炉とチョコレートがあり(飢えと貧困から解放され、満たされた生活感のない消費=チョコレート、温もり暖かさは感覚的な幸福(ex.ホットな飲み物を与えられただけで信用しやすい)=暖炉(信用、安定、安心)、ここ最近は温暖な地で湿度が適度で、争いあう人間が少ない超高齢化した過疎なんかがいいなと思っています。パラっとしてごめんなさいみたいな分散嗜好です。中央集権化なんて嫌なので、それは市内という地方や地域においても同様にもっとパラっとてんでんばらばらでリスク回避の分散とも退行や競争のない安穏さとも種類は異なった、不快のない生きられる温和で平和な戦争のない(軍隊は中央集権が要)社会が好ましいです。それが社会と呼ばれるかはわかりませんが。
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